右肩に爆弾

右肩に爆弾

もう3年〜4年ほど前になるが、私は入院をすることになった。
生まれたての頃を除けば初めての入院である。
この入院に関しての全ての始まりは高校の球技大会である。

右肩に爆弾

実は17歳頃から右肩に爆弾を抱えていた。
ことの発端は友人宅の階段から滑り落ちた際に、変な位置で手をついたことだ。
その直後から右腕に力が入らず「強打したからな〜」などと呑気に構えていたのだが、実はこれは亜脱臼と言って脱臼ではないが脱臼する直前という状態だったということを後に知った。

その日以降も通常通り生活をいていたが、それは高校2年生の球技大会で起こった。
種目はバレーボール。私はどちらかというと動けるタイプのデブだったので、なんとか点をとって相手チームに地団駄を踏ませたいと考えていた。
そして打てもしないアタックを打とうと右腕を振り下ろした瞬間…

 ゴリュッ

右肩から聞いたことのない音がした。感覚としては脚がつった時のあの痛みが腕にきた…という様子だ。
「腕がつった…」
と一言を残し、私は強制的に保健室へ連れて行かれた。
保健室には偶然ラグビー部の顧問がおり、「これ脱臼してるぞ。」とあっさりと言い放ち、私は高校ジャージのまま近隣の病院へ連れて行かれることになった。

わざわざ病院まで車で乗せていってくれるという生活指導の教師は驚くほど運転が粗かった。
道を曲がるたび、ブレーキを踏むたび振動が肩に伝わり激痛が走る。
「うっ…」と低い唸り声をあげる私に、何を勘違いしたのか

「なぁ、辛い時は思い切り泣けばいい」

と思いっきり良い笑顔で言われてしまった。
私が現在進行系で辛いのは貴様の運転が荒いせいであり、思いっきり泣いた暁には思いっきりぶん殴ってやるからな!
と地獄のような表情で俯き、このセリフには無視をした。

ヤブ医者とのバトル

病院に到着すると小太りの男性医師が「脱臼か〜、午前中にも1人きたよ!」とこれまた良い笑顔で言った。
この医師はどうやら脱臼治療に自信があるらしい。良いことだ。
今すぐ右肩をあるべき場所に戻してこの地獄のような痛みから救って欲しい。
期待に胸を膨らませ背術台に横たわる私だったが、2秒後に更なる地獄が訪れる。

「あれ?はまらないな〜」じゃねぇ

小太りの医師はあろうことか少し動かすだけでも激痛が走る腕を思いっきり引っ張ってきたのだ。
どうやら軽い脱臼ならこういった方法でもハマることがあるようなのだが、正しい方法ではないらしい。
5分ほど我慢していたが、医師が「あれ?ハマらないな〜…」と呟いたので私はキレた。

「できないなら手を離してくださいっ!!」

おそらくこいつは脱臼治療に慣れていない。
「脱臼か〜、午前中にも1人きたよ!」とは言っていたが患者の肩が無事元どおりになったかについては語っていなかった。
おそらく午前の脱臼の者もこの医師では対応できなかったに違いない。
しかし先ほど私が放った一言で施術室にはなんとも気まずい空気が流れていた。
医師は「市民病院なら麻酔を使ってやってくれるから市民病院に行くといいよ。」と苦笑いしていた。

許さん!お前はもう病院をたため!手首や足首などと違って肩の脱臼は比較的簡単にはめることができると後々知った。
そんな初歩の初歩すらできないなら病院を畳め!!
めちゃくちゃブスくれた顔で私は1つ目の病院を後にした。

市民病院の看護婦はボスメスゴリラ

無事市民病院に到着したが、この日に限って他校でも球技大会をしていたのかサッカーのゴールポストにスネを強打し骨折した男子高校生など骨折レベルの重傷者が次々と緊急外来に運び込まれてきた。
当然肩の脱臼などは骨折よりも軽症とみなされる為、私の緊急度は低いと判断され1時間ほど待合室で待つことになった。

私はこの世の全てを恨んでいた。
球技大会などという行事を考えた奴、種目をバレーボールにしようと提案した奴、そしてゴールポストに脚を強打し骨折した奴、まとめて地獄に落ちればいいのに…と闇落ちキャラのような顔面になっていた。

私があまりにも不機嫌だったので、付き添いの教師は気を使って「ランボーって映画ではね、脱臼したら思いっきり壁に肩をぶつけて脱臼した肩をハメるシーンがあるんだよ?」と語りかけてきた。
普段の状態なら、笑顔で対応したかもしれないが今は闇落ち中なので「…でもそれランボーだからですよね。」と不機嫌なブルドックのような顔で返答した。
教師はそれから一言も話さなかった。

しばらくすると、明らかにボスクラスとわかる看護婦が仁王立ちして「レントゲンをとるからついてこい」と言い放ち物凄い速さで歩き出した。
脱臼経験者はわかると思うが微細な振動でも本当に痛いのだ。
『コイツ…看護婦のくせに!看護婦のくせに!わざと速く歩いてやがる!』
私はもはや戦闘中に深傷を負ったベジータのような状態になっていた。
ヒョコヒョコついてくる私にイラついたのか「ちょっと!速くしてください!」とボスメスゴリラが叱咤してきた。
『お前の四肢などねじ切れてしまえ!』と思いながらレントゲン室に到着し、レントゲン撮影を済ますとまたボスメスゴリラに物凄いスピードで待合室まで誘導され、ついに診察(施術)となった。

大人はみんな何事もない顔で嘘をつく

私の胸は「麻酔」に対する期待でときめいていた。
しかし、登場した医師は「はい、寝転んでくださ〜い」と言い放ち、そのまま施術を開始した。
おい、ここでは麻酔を使ってもらえると聞いたから来たのだ。1時間待ったのも、ランボーの話に付き合ったのも、ボスメスゴリラに服従したのも全ては「麻酔」の為だったのだ。

「話が違う!麻酔を使ってくれると聞いた!」

と騒いだが、「脱臼くらいで麻酔なんて使う訳ないでしょ〜。」と言いながら男性医師は右肘を固定して手首をククっと回した。

ゴリュッ

懐かしい音がなり30秒ほどで右肩はあるべき場所へ戻った。
神の御技、脱臼界の貴公子、救世主とこの医師を称える様々な単語が脳裏に浮かんでは消えていった。
しかし私は大変執念深い性格の為、すぐに1つ目の病院の小太りの医師を思い出し『お前だけは絶対に許さん!』と奥歯をぎしつかせた。

そんなこんなで治療も終わり学校まで送り届けてもらっている車中、あのランボーの話をフってきた教師は最後まで無言だった。
私の態度もどうかと思うが、脱臼で苦しむ生徒に向かってランボーなら壁にぶつけて肩をハメるなどと言った謎のアドバイスをしてきたこの教師もどうかと思う。

結局翌日から肩の筋肉が固定するまで2ヶ月ほど三角筋をつけるように、と指示が出ていたが利き手だったことと9月というまだまだ暑い時期だった為2週間で三角巾とはおさらばした。
この中途半端な治療のせいで私はその後8回ほど右肩を脱臼し、さらに手術まですることになる。
その内自分でも肩をハメることができるようになるほど脱臼を繰り返した。
これ以外にも右手の小指を骨折して関節がかけたりしたことや、車に轢かれたこともあるが何の因果か今も健康に生きている。

高校の同級生などは会うたびに「右肩大丈夫?」と聞いてくるが、「あまりに脱臼するから手術した」と言うと、涙を流して爆笑する。

私は今でもこの世の全てを恨んでいる。