電車

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労働、あなたと距離を置いて何年ほどたっただろうか。
今ではもう顔も思い出せない。あぁ、労働、あなたと過ごした日々を思い出すたびに怒りで五臓六腑は焼きつくされ、恨みでこの身を焦しつくす思いだわ。

電車の話じゃねぇのかよ、と思われたかもしれないがここから電車の話だ。

裏切りのジジイ
現在は職業:フリーダムの為、通勤で電車に乗ることはないのだが、労働とズブズブの関係だった頃は毎日電車に乗っていた。

鉄道ファンの方には申し訳ないが、電車が嫌いだ。
何が嫌って立つのが嫌なのだ。朝は「会社が爆発していますように」と願いながら電車に乗り、夜は「明日こそ会社が爆発していますように」と願いながら電車に乗る。
会社というHELLへ私を誘う魔の物、DENSYA。
しかも会社がオフィス街だったので行き帰りともに電車は満員に近く、乗れる人の数はかなり減るだろうが車両内を全て椅子にして欲しいと願っていた。
ちなみにこの減るとHELLは別にかけてない。

確実に座る方法を常に探していたある日、最後尾の車両の一部だけガラ空きなのを発見した。
好条件なのに安い家賃は事故物件、学歴不問・やる気があればOK・アットホームな職場は真っ黒、満員電車で空いている席は地獄の1丁目。
全てがそうではないが感覚的に9割の確率でこうなので、覚えておいて欲しい。

地獄の1丁目に腰をおろすとすぐに近くに座っていたジジイがでかい声で「おい、誰のせいや!お前のせいや!誰が悪いんや!お前が悪いんや!」とエンドレスリピートし始めた。
周囲の乗客は明らかにジジイと目を合わせないようにしており、ジジイの存在に気づいた途端に車両を移動する者も多発した。
それでも私は動かない。小うるさいジジイがいるくらい何なのだ。座れることの方が1億倍大切だからだ。

その内ジジイは明らかにこちらを向いて「おい、誰のせいや!お前のせいや!誰が悪いんや!お前が悪いんや!」と叫び始めたが、我は不動なり。
無表情のまま、虚構を見つめ続けた。ここでスマホを見たり、体勢を立て直してはいけない。
こういうジジイはこちら側のちょっとした動きに反応して、更なる攻撃を繰り出してくるからである。
窓ガラスに反射するコチラ側を向いて叫び続けるジジイは必死に見えた。
Hey、ジジイ、誰かに罪をなすりつけられたのかい?
Hey、ジジイ、悲しいことでもあったのかい?
でもあなたがそこに座っているおかげで、私はこのシートを確保することができた。
no more cry、ジジイ。
辛いことがあったのかもしれないが、あなたは今日1人の人間を幸せにしたんだ。
できれば毎朝、毎晩私の通勤に合わせてそこに座っていてくれないかい?
返事はできないけれど、何も言葉はかけられないけれど、私はそっと隣にいるから。
ねぇ、ジジイ。
翌日、意気揚々と最後尾の車両に乗り込んだが、ジジイはいなかった。
電車は激混みしておりもちろん座ることはできなかった。

ジジイ、許さんからな。

爆速のモヤシ
また、別のある日電車を降りて地下鉄の出口から地上への階段を登っていた。
もちろん地上にある会社にいく為である。
今日も会社は爆発していないようだ。世知辛い世の中である。
死刑台を登る死刑囚のように暗い気持ちで階段を踏み締めていると、背後から走ってくる足音が聞こえた。

「朝っぱらから元気な奴だ。」

と呑気に構えていると、そいつは思いっきりコチラのケツを触ってきた。
痴漢が電車の中だけで怒るとは限らない、世の女性たちには用心して欲しい。
びっくりして振り返ると青白いモヤシみたいな男がニヤニヤして立っていた。

「何わろてんねん!」

自分でも驚くほど素早いツッコミが炸裂し、私は男を追いかけた。
まさか追いかけてくると思わなかったのだろう、相手は一瞬ひるんだがすぐに逃げ出した。
許さん、許さん、許さん、許さん!!!
これから会社に行くという世界一最低な気分の時に更に最低な気分にさせられた上にニヤニヤしていたお前は極刑に値する!
そう思って全力で階段を駆け下りてモヤシを追いかけたが、奴は雑踏に消えてしまい、確保はできなかった。

私は会社に遅刻し、「痴漢にあって追いかけてたからです。」と理由をのべたのだが上司は爆笑した挙句、「ダッシュ痴漢って奴だな。まぁ、遅刻したから罰金500円な?」と言ってきた。
死なば諸共、いますぐに会社が爆発すればいいのにと思った瞬間だった。

地上に舞い降りた天使
また違うある日、その日も労働へ繰り出そうと起きるとなんといつも家を出る時間だった。
いわゆる寝坊ってやつである。
焦った私は通常の3倍ほど適当に身支度を整えて家をでた。

「すみません、○○駅までお願いします!」

そう、私は家を出てすぐにタクシーに乗ったのだ。
当時の職場は私の最寄駅→乗り換え駅→会社の最寄駅という感じで、乗り換えないと辿り着けない場所だった。
いいか?手筈はこうだ。タクシーで乗り換え駅まで行く、すぐに電車に乗る、会社には遅刻しない。
パーフェクト!マーベラスな計画だ。

タクシーの運転手は「随分と慌てちゃって〜、寝坊でもしたの?」とにこやかに話しかけてきた。
私はいつも家を出る時間に起きてしまったこと、とても急いでいること、だからできればなるべく飛ばして欲しいことなどをしどろもどろに話した。
運転手は「で、乗った後はどっち方面?」とバックミラーごしにキラリと目を光らせた。
「神戸方面です!」と答えると、
「おじさん大体の料金はわかってるから次の信号でお金もらうね、神戸方面だったら○口改札だから、改札前ギリギリにつけてあげる。ドアが空いたらすぐに走るんだ。この時間なら○分の快速に乗れるはずだよ。」
と、突然プロの顔になった。

次の信号で料金を払い、乗り換え駅周辺になると本当に改札にめちゃくちゃ近い場所にタクシーを止めてくれた。

バタン!

ドアが開く。

「行ってらっしゃい、間に合うといいね!」

おじさんの言葉を背に私は改札までの約100mをダッシュした。
すると数分後に快速電車が到着した。

「おじさんの言ってたことは嘘じゃなかったんだ!」

神も仏もいないと思っていたこの世界、でも天使はいたんだ。

結果、私は会社にいつもより20分ほど早く到着した。

おもひでポロポロ
最近は電車に乗るのは多くて月に1回程度なので、忘れていたが結構色んな思い出があるものだ。
ほとんどがロクでもない思い出だが、天使の運転手のように今思い出してもほっこりほこえもんな出来事もいくつかあったような気がする。

私は現在、労働していた時とは全く違う場所に住んでいる。
理由は家賃が安いから、それだけだ。
この日本にここまで治安の悪い場所があるのか、と思うほどゴッサムシティな場所であり「住めば都」という言葉を作った輩には一生この土地に居を構えてみろと言いたくなるような街である。

ちなみに最寄駅は沿線の終点であり、必ず座れるという利点はあるものの、車両全体が異臭に包まれておりなぜか終点なのに下車しない強者が数名いるという謎の多い駅でもある。

電車に乗る回数が少ないので以前のような体験をすることもないのだが、ここにはあの時とは比べ物にならないような逸材が数多く存在する。
そう睨んでいる。

もし今後、何かの間違いで再び働くことがあれば今の住居からは遠く離れた場所、車両が無臭であり、シートに謎のシミがなく、先頭車両から最後尾までを何度も往復するような輩がいない場所に住みたいと思う。